『コーラン』の中で耳に心地よかった一節です。繰り返される「これほどの主のお恵み、さ、そのどれを嘘と言うのか、お前も、お前も。」がグイグイと迫ってきます。原語で聞くとなおさらでしょう。
慈悲ふかく慈悲あまねきアッラーの御名において……
お情けぶかい神様はクルアーンを授け、人間を創り、もの言うすべを教え給うた。
太陽と月は計算通りに(動き)、星と樹木は伏し拝む。蒼穹はこれを高々と持ち上げ、(正邪の)秤を設け給うた。
「汝ら秤に不正を用いてはならぬぞ。常に公正を旨として計り、決して少く計るではないぞ。」
また大地はこれをすべての生あるもののためにうち据え給えば、そこにはさまざまの果物あり、莢かぶる実の棗椰子あり、殻かぶる大麦小麦、馥郁と香る草あり。
これほどの主のお恵み、さ、そのどれを嘘と言うのか、お前も、お前も。
人間を陶工のように粘土で作り、妖霊どもを煙なしの火で作り給うた。
これほどの主のお恵み、さ、そのどれを嘘と言うのか、お前も、お前も。
二つの東を統べ給うお方。二つの西を統べ給うお方。
これほどの主のお恵み、さ、そのどれを嘘と言うのか、お前も、お前も。
二つの海を解き放ってあい逢わせ、しかも間には障壁を設けて互いに分を守らしめ給う。
これほどの主のお恵み、さ、そのどれを嘘と言うのか、お前も、お前も。
どちらからも真珠は取れる、珊瑚は取れる。
これほどの主のお恵み、さ、そのどれを嘘と言うのか、お前も、お前も。
山のごとき威容をほこり海逝く舟も、これまた(神の作り給うた)もの。
これほどの主のお恵み、さ、そのどれを嘘と言うのか、お前も、お前も。
(地)上のものはみな儚く消え、永遠に変わらぬは威風堂々たる主の御顔のみ。
これほどの主のお恵み、さ、そのどれを嘘と言うのか、お前も、お前も。
天にあるもの地にあるもの、みなが願いごと持ち込んで来て、(主は)来る日も来る日もお忙しい。
これほどの主のお恵み、さ、そのどれを嘘と言うのか、お前も、お前も。
いまに我らがお前らのことはゆっくり面倒みてやろう。ほんにお前らは両方とも重い荷物。
これほどの主のお恵み、さ、そのどれを嘘と言うのか、お前も、お前も。
これ、妖霊ども、人間ども、お前たちもし天と地の境界を越えられるものなら越えて見よ。越えると言っても、(アッラーの)権能がなしにはできはせぬ。
これほどの主のお恵み、さ、そのどれを嘘と言うのか、お前も、お前も。
お前たち、炎々と燃えさかる焔を浴びせられようぞ。それにどろどろ熔けた黄銅を。誰にも助けてもらえまいぞ。
これほどの主のお恵み、さ、そのどれを嘘と言うのか、お前も、お前も。
大空が真二つに裂け割れて、まるで赤皮のように赤くなり……
これほどの主のお恵み、さ、そのどれを嘘と言うのか、お前も、お前も。
その日には、誰も犯した罪を訊ねられたりすることもない、人間も、妖霊も。
これほどの主のお恵み、さ、そのどれを嘘と言うのか、お前も、お前も。
罪を犯した者は様子を一目見ればすぐわかる。みな前髪と足をむんずとばかり掴まれる。
これほどの主のお恵み、さ、そのどれを嘘と言うのか、お前も、お前も。
さ、これがジャハンナム。罪深い者どもが嘘だ嘘だと言っていたもの。みなその(火)と煮えたぎる熱湯の間をめぐって行く。
これほどの主のお恵み、さ、そのどれを嘘と言うのか、お前も、お前も。
だが常日頃、主の御前に立つことを恐れて来た者には緑の園が二つもあって……
これほどの主のお恵み、さ、そのどれを嘘と言うのか、お前も、お前も。
ともにさまざまな木々が茂り……
これほどの主のお恵み、さ、そのどれを嘘と言うのか、お前も、お前も。
ともにさらさらと泉水が流れ……
これほどの主のお恵み、さ、そのどれを嘘と言うのか、お前も、お前も。
ともにあらゆる種類の果物が二種もみのり……
これほどの主のお恵み、さ、そのどれを嘘と言うのか、お前も、お前も。
錦張りつめた臥牀に悠々と手足のばせば、二つの園にみのる果実は取り放題。
これほどの主のお恵み、さ、そのどれを嘘と言うのか、お前も、お前も。
傅くは目差し抑えたむすめたち、これまで人間にも妖霊にも体を触れられたことのない……
これほどの主のお恵み、さ、そのどれを嘘と言うのか、お前も、お前も。
その美しさ、紅玉、珊瑚をあざむくばかり。
これほどの主のお恵み、さ、そのどれを嘘と言うのか、お前も、お前も。
善いことすれば、善い報い戴けるのが当然のこと。
これほどの主のお恵み、さ、そのどれを嘘と言うのか、お前も、お前も。
いや、このほかにもう二つ楽園があって……
これほどの主のお恵み、さ、そのどれを嘘と言うのか、お前も、お前も。
緑したたるばかり、
これほどの主のお恵み、さ、そのどれを嘘と言うのか、お前も、お前も。
そこにこんこんと二つの泉は湧き、
これほどの主のお恵み、さ、そのどれを嘘と言うのか、お前も、お前も。
そこに果物はたわわに実る、椰子も、柘榴も。
これほどの主のお恵み、さ、そのどれを嘘と言うのか、お前も、お前も。
そこにはまた、素晴らしい美女が沢山いて、
これほどの主のお恵み、さ、そのどれを嘘と言うのか、お前も、お前も。
目もとすずしい天井の乙女らが天幕の奥に、
これほどの主のお恵み、さ、そのどれを嘘と言うのか、お前も、お前も。
これまでに人間にも妖霊にも体を触れられたことのないものばかり。
これほどの主のお恵み、さ、そのどれを嘘と言うのか、お前も、お前も。
みんな緑の褥、美しい敷物の上にゆったりと実を凭せて。
これほどの主のお恵み、さ、そのどれを嘘と言うのか、お前も、お前も。
ああなんとめでたいことか、主の御名よ、気高くも尊い主の御名よ。
『コーラン』/井筒俊彦訳