燕子花一色に挑む

立花正風体 燕子花、銀宝珠、檜扇、オクロレウカ、著莪
立花正風体
燕子花、銀宝珠、檜扇、オクロレウカ、著莪

燕子花一色という立て方です。立花は通常様々な種類の植物を取り合わせます。例外として、7つの「一色物」があります。一色物とは、ある1つの植物を主体にして立てるやり方です。松、桜、紅葉、燕子花、蓮、菊、水仙の7つです。『立花十九ヶ條』という伝花の中にこの7つの一色物が入っています。

古くは江戸時代の初期に立てられた絵図も残っています。数百年に渡り、燕子花の様々な美を追い求めてきたわけです。長い年月を経て型が出来上がりました。様々な約束事があるのです。ただし、一口に燕子花一色と言ってもずっと同じ型を寸分たがわず伝承してきたわけではありません。時代によって、その捉え方も表現方法も違います。

『立花十九ヶ條』はそれまでの伝承を、明治時代に整理した物です。細かな約束事が多く、それだけ緻密とも言えますが、一方で決まりにがんじがらめになっているようにも感じられます。

この作品は、『立花十九ヶ條』の燕子花一色の決まりからは逸脱している部分もあります。僕なりに今の感覚に合う燕子花一色を模索した習作です。固い考えの先生からは決まりを破っていると批判されるかもしれませんが、僕は花は常に変わっていくものだと思っています。

いけばなは遺産ではなく文化です。遺産は、それをそのまま保存することが至上命題です。万が一遺産に手を加えてそれを変えてしまったら、その遺産の価値は無くなります。一方で文化は、その時代その時代の最先端の集積です。例えばファッションだったり音楽だったりは時代に応じて当たり前に変わっていきます。いけばなもそうなのです。僕は下手糞なりに今の花を追い求めています。

水仙一色(立花之次第九拾三瓶有79図)

古典立花 水仙、金盞花、著莪
古典立花
水仙、金盞花、著莪

またまた『立花之次第九拾三瓶有』の中の水仙一色を勉強しました。今日は79図です。

昨日立てた25図と基本的な骨組みはほぼ同じです。丈が少し低いのと、下段には数が多くなった事で、25図ほど間延びした感じはありません。その前に立てた26図との中間という感じでしょうか。ゆったりとした間が気持ちがいいです。

この79図は色々と書き込みがあって参考になります。例えば請又は流しと考えられる向かって右に大きく伸びた2枚の葉は「ハ二枚ウシロスミ」と書き込んである事から斜め後ろに出ている事がわかります。

絵図や写真では前後がよくわからないことが多いです。そこを自分の感覚で読み解いて行く楽しさもありますが、勉強という意味ではこういう書き込みは大変助かります。

この二代専好宗匠の作品図は、後代の絵図が絵それ自体が鑑賞に堪えうる作品として描かれた(専門の絵師に描かせ、作品集として出版されているものもあります)のに対して、どちらかというとお手本として記録された側面が強いと言われています。当時の立花に夢中になっていた方々も、今の僕らと全く同じようにこの絵図を参考にしながら花を立てていたと思うとなんだか面白いですね。

水仙一色(立花之次第九拾三瓶有25図)

古典立花 水仙、金盞花、著莪
古典立花
水仙、金盞花、著莪

昨日立てた『立花之次第九拾三瓶有』26図の一つ前に載っている25図を参考に立てました。同じ作者でも随分と様子が違います。まずこちらの方が大きいです。26図は花丈が花瓶の3倍程度ですが、こちらは4倍ほどあります。葉の数はより少なく、長短を大きくつけて1枚1枚がゆったりと伸びやかに働いています。よく言うと非常に大らかで伸びやかな花ですが、今の水仙一色に慣れた目で見ると間延びした感じも受けます。これを洗練される前の発展途上の花ととるのか、それとも二代専好宗匠には今の我々とは全く違う世界が見えていたととるのか、なんとも解釈の難しい花です。

もう少し26図との比較も含めて考察を続けてみましょう。幸いに両絵図には立てた日付と場所が記されています。日付は両図とも同じ寛永6年閏2月6日(1629年3月30日)とあり、25図は禁中紫宸殿、26図は関白殿と記されているので、記載が正しいとすれば同じ日に違う場所で立てたものということになります。

紫宸殿とは内裏のもっとも重要な建物です。立花を愛好したという時の天皇、後水尾天皇にご覧に入れるために立てたのではないかと考えられますね。対して26図が立てられた関白殿というのは、調べてみたのですがよくわかりませんでした。内裏の中にそういう名前の建物があるのか、はたまた全く別の場所にある建物なのかわかりません。

しかし、二つの場所を比較すると、どちらが重要かは一目瞭然ですね。作者の二代専好宗匠の気持ちを考えると、紫宸殿に立てた25図の作品の方がより意気込んで立てたでしょうし、自信作でもあったのではないかと推察されます。そうすると、25図の方が大きいのは納得がいきますね。ただし、大きさはともかくどちらの作品が美しいかを比べると、僕の目から見ると26図の方が美しく感じてしまいます。

そう考えると、冒頭で述べたように二代専好宗匠には僕とは全く違う世界が見えておりの独特の感覚があったのではないかと思うのです。絵図では捉えきれないぎりぎりの間で勝負していたのかもしれませんね。いつかこの作品がピンと来るようになると良いなと思います。

 

水仙一色(立花之次第九拾三瓶有26図)

古典立花 水仙、金盞花、著莪
古典立花
水仙、金盞花、著莪

32世池坊専好宗匠の作品図を参考に立てました。重要文化財になっている『立花之次第九拾三瓶有』の中の26図です。昨日までやっていた元禄時代よりさらに100年ほど前の寛永時代の作品です。比較すると、葉数がより少なく、葉の動きも素直で素朴な雰囲気があります。これもまた好きです。

水仙一色(新撰瓶花図彙81図)

古典立花 水仙、菊、著莪
古典立花
水仙、菊、著莪

 

またまた水仙一色です。今日も元禄時代の作風に学びます。先日と同じく『新撰瓶花図彙』という元禄時代刊行の作品集より、高田安立坊雲泰さんの作品図を参考に立てました。先日参考にした猪飼三枝さんの作品と似たような絵図ですが、実際に立ててみるとかなり違いがあります。僕はこちらの方が好きです。少し手が慣れてきました。