井上太市と申します。池坊いけばなを学んでいます。いけばなのことが中心ですが、思いつくままにあれこれと綴ります。池坊いけばなの魅力の一端がお伝えできれば幸いです。

荷造り

明日から先生のお供でインドへ行ってきます。昨晩はそのための荷造りをしました。私は普段は殆ど荷物を持たない性質で、服装にも構わないため、どこかに泊まりでいくにも替えの下着と、着替えを少々程度のとても少ない荷物で出かけます。ところが今回は、工具だったり着物やスーツだったりと、普通の旅行ではいらないようなものが沢山あり、意外と大荷物になりそうです。荷物嫌いの私としては憂鬱な気分になりますが、まあ好きで行くわけでもないので仕様がありません。

正岡子規の「酒」という随筆

私の気に入っている文章を紹介したいと思います。正岡子規の「酒」という随筆です。こういう軽妙な文章が書けるようになりたいものです。

 一つ橋外の学校の寄宿舎に居る時に、明日は三角術の試験だというので、ノートを広げてサイン、アルファ、タン、スィータースィーターと読んで居るけど少しも分からぬ。困って居ると友達が酒飲みに行かんかというから、直に一処に飛び出した。いつも行く神保町の洋酒屋へ往って、ラッキョを肴で正宗を飲んだ。自分は後勺飲むのがきまりであるが、この日は一合傾けた。この勢いで帰って三角を勉強しようという意気込みであった。ところが学校の門を這入る頃から、足が土地につかぬようになって、自分の室に帰って来た時は最早酔がまわって苦しくてたまらぬ。試験の用意などは思いもつかぬので、その晩はそれきり寐てしまった。すると翌日の試験には満点百のものをようよう十四点だけもらった。十四点は余り例のないことだ。酒も悪いが先生もひどいや。

遅読の賛

学生時代はドイツ語を学んでいました。とても出来の悪い生徒で、結局6年間もドイツ語をやる羽目になってしまいましたが、最後に担当してくださった荒井先生がとてもよくて、それまで苦痛でしかなかった語学の時間が少しだけ楽しくなったのを覚えています。

その授業の中で、関口存男という高名な独語学者が書いた「遅読の賛」と題された随筆を紹介して貰いました。私のいけばなやその他諸々を学ぶ姿勢に通じるものがあり、またその語り口の軽妙なところがとても気に入りました。配られたプリントは今でも大切に持っています。短い文章なので以下に全文を引用します。

辞書と首っ引きでポツポツ読む外国語には、その遅々たるところに、普通の人の気の付かない値打ちがあります。それは“考える”暇が生ずるということです。否が応でも吾人を“考える”人間にしてくれるという点です。
どんな好いことが書いてあっても、スラスラ読めたのでは、マア、大した効果はありません。どんな下らないことが書いてあっても、その数行を繰り返し読まなければならないとなると、それに関係したいろいろなことをついでに考えるから、上すべりして読んでいる際には気のつかないいろいろなことに気がつきます。いわんや、多少下ることが書いてある場合には、それを何度も読み直したり、その数行を眺めたまま五分も十分も考えこんでしまったりするということは、単にそれを書いた人の真意に達する機縁となるばかりではない、時とすると原著者の意図しなかったところへまでも考え及ぶという効果をともないます。
情けないことには、御同様“人間”というやつは、とかく、考えないように考えないように出来ている。上すべりするように上すべりするように出来ている。スラスラ読める母国語ばかり読んでいると、うっかりすると、上すべりした、ツルツルした、平坦な人間になってしまうおそれが充分あります。
この平坦なツルツルした意識にブレーキをかけて、否が応でも一箇所を凝と眺めて考えさせるという効果、・・・外国語をやる主な目的は此処にあるのではないでしょうか?
本当は、翻訳をしてみると、なお徹底します。どんな文章でも、これを全くたちの違った日本語でいいなおすとなると、原文を正しく理解しただけではまだ駄目です。原著者と同じ気持ちにならなければダメです。否、時とすると原著者以上のところへまでも乗り込まないと、その同じことを責任をもって引き受けて本当に日本語で再現することはできません。そのためには、何度も何度も同じ個所を読みなおして、自分自身の考えを叩きなおす必要が起こってくる。問題は此処です。
考える力というものは恐ろしいもので、どんなツルツルした平坦な馬鹿野郎でも、否でも応でも考えないわけには行かないように仕向けられるというと、長い年月の間には、相当いろいろなことを考えるようになります。いったん考える癖がつくと、時とすると、何かのはずみに、甚だ馬鹿野郎らしくないことを考えて、自分でビックリすることすら起こって来ます。そういう馬鹿野郎が一つ間違うと、文豪になったり、詩人になったり、偉人になったりしてしまうのです。偉人とか何とかというのは、どうせみな、間違っているのですからね。一つ間違ったくらいではならないが、二つ三つ間違うと、偉人とか天才とかいったとんでもないものになってしまうのです。間違いほど恐ろしいものはない。
だから、そんなことになっては大変だと思う人は、あんまり一つのことをシツコク考えてはいけません。スラスラと、人の書いた通りに読み、人の考えた通りに考えておくのがいちばん安心です。語学のやり方にもそんなのがある。
けれども、なんなら天才になったって構わない、と考える人は、あらゆる機会を利用して、自己独特の考え方を育成しなければなりますまい。ただし、その自己独特の考え方というやつは、自分ひとりで眼をつぶって考えていたって出て来るものではありません。人生は、たとえ大根一つ植えるのだって、最初はみんな人真似なんですから、ます真似をしなければならない。問題はどういう風にその人真似をするかです。
他の方面のことは知らないが、思想、文学、その他いやしくも“文”に関係のある方面のことがらは、すべて“遅読”が出立点ではあるまいか、と私は語学者らしい妙なことを考える次第です。
これには、私自身の経験もたぶんに加味されています。語学者として世渡りするためには、実のところを言えば、別にそう大した考えを要らなかった。常識の範囲に終始し、人の考えそうなことを考え、人の言いそうなことを言うのが、これがむしろ語学の本義ですから。・・・ところが、数行の文を、本当に責任をもって人に理解させようとすると、どうしても、それを一応すっかり自分の考えにするために、何度も何度も読む、或いは遅読する必要が生ずる。現に教室での語学はすべて遅読です。・・・この遅読によって、私の頭の中には、別に語学とは当面何の関係もないような、いろいろな趣味とか道楽が生じて来た。形容詞の語尾や動詞の変化とは直接大した関係はないのですが、語学を離れて、“そもそも人生というもの”が面白くなってきたのです!人は、語学の副産物と言うかも知れないが、副産物にしては、これはあまりにも本問題すぎる!“人生が面白くなった”なんて副産物は、これはもはや副産物ではない。こうなると、もはや主副を逆にして考えたほうが正しいでしょう。
語学には直接大した関係はない、と言ったが、“間接”には大関係があります。ここも問題が逆になって来るわけで、語学にとっては、直接に関係のあることよりは、むしろ間接に関係のあることのほうがズッと直接に関係がある・・・ということが、あとになって分かって来た!
そして、それらすべてが、外国語が遅々としか読めなかったおかげなのです。

古代国語の音韻に就いて

※以前に別のブログで書いたものを記録用に写したものです。仮名遣ひが異なりますので慣れない方は若干読み辛いかも知れませんがご容赦下さい。

橋本進吉といふ高名な国語学者が一般向けに日本語の音に関する講演をしたときの様子を記録したものを読みました。これが大変興味深い内容だつたので、以下に要旨を纏めてみました。ただし、専門的なことは端折つてありますし、私の理解が間違つてゐるところもあらうかと思ひます。これを読んで興味を持つた方は、たしか岩波文庫で「「古代国語の音韻に就いて 他2篇 」といふ表題ででてゐたと思ひますのでそちらをお読み下さい。

【万葉仮名】

(※これはこの本に書いてあることではないが、前提として知つておかないと内容を理解しづらいと思ふので簡単に記しておく。)

現代では「仮名」といふとひらがなとカタカナの二つだが、奈良時代にはこれらは無かつた。音を表すのにも全て漢字を用ひてゐた。例えば「ア」といふ音を表すのに現代では「あ」又は「ア」と書くが万葉仮名では「阿」「婀」「鞍」「安」など様々な文字を用ひる。

現代、我々が万葉集に掲載されてゐる和歌を目にする場合、普通は漢字かな混じりに書き換へてあるが、実際には全て万葉仮名で書かれてゐるのである。

(例)
君が代もわが世も知るや磐代の岡の草根をいざ結びてな
君之齒母吾代毛所知哉磐代乃岡之草根乎去來結手名

【言語の音について】

口で発音することの出来る音はほぼ無数である。言語としてはその内の幾つかのある決まつた音だけを用ひる。

(例)「match」の「ma」と「much」の「mu」は日本語ではともに「マ」と聞く。英語では異なる音として聞いてゐる。

言語によつて用ひる音の数は決まつてゐて、異なる言語間のみならず、同一言語内においても時代によつてその数に相違がある。

【日本語の音の変遷】

※ここでは簡単にするため話を清音に限つてゐる。

・いろは四十七文字

いろはにほへとちりぬるをわかよたれそつねならむうゐのおくやまけふこえてあさきゆめみしゑひもせす

この中で「い」と「ゐ」、「え」と「ゑ」、「お」と「を」はそれぞれ同じ発音である。だが表記に区別があるのはどういふことか。そこで、同じ語が色々な場合で、どういふ万葉仮名で書いてあるかを調べた。

(例)「オロチ」は古事記では「遠呂智」、和名抄では「乎呂知」と書いてある。
→「を」遠、鳴、怨、乎  「お」意、於、淤、乙

「お」に当たる語は二つの郡に分けることができ、両者は混合しないことがわかつた。「い」と「ゐ」、「え」と「ゑ」についても同様。これを調べたのは契沖という江戸時代の学者。契沖はこれを昔の人が作つた決まりと考へたが、研究が進んでこれは発音の区別に基づいたものと考へられるやうになつた。つまり現代では「い」も「ゐ」も「イ」と発音するが、昔は別の音だつたといふ風に考へられるやうになつた。

・天地の詞
「いろは」以前に使はれてゐた。四十八文字(「いろは」より1文字多い)である。

あめつちほしそらやまかはみねたにくもきりむろこけひといぬうへすゑゆわさるおふせよえのえをなれゐて

「え」が二回出てくる。これも同じやうに万葉仮名を調べると二群に分けることが出来ることがわかつた。つまり現代では表記も一つになつてゐるが、昔は別の2音が存在してゐて、それが次第に発音の区別がなくなり、次に仮名としての区別も無くなり同じ「え」として表されるやうになつたと考へられる。

「い」と「ゐ」のやうに発音は同じながら、表記が違ふものを調べたところ、昔は厳然とした区別があり発音も異なつてゐた、つまりは全く別の語であることがわかつたのだが、「え」のやうに字を見てもわからないものまで、昔は二つの音に分かれてゐたといふことが分かると、他の仮名についても当然のように同様の事が想像される。そこで全ての仮名について調べた。すると奈良時代には「え」、「き」、「け」、「こ」、「そ」、「と」、「の」、「ひ」、「へ」、「み」、「め」、「よ」、「ろ」の13が、さらに古事記ではそれに加えて「も」の14の仮名についてそれぞれ二つの郡に分けられることが分かつた。つまり昔はもつと音の数が多かつたのである。

※ここで気をつけたいのは、便宜上例えば「き」が二つに分かれてゐるやうに書いてゐるが、事実においてはただ二つの音が存在し(例えば「あ」と「か」があるやうなものである)、それが後に一つの「キ」といふ音になり「き」と書かれるやうになつただけのことである。

まとめると、奈良時代頃に二つの音が一つの「も」になり、平安時代に入ると上記の13の内「え」をのぞく12文字についてそれぞれ発音の区別がなくなり、すなはち天地の詞で表される48音になり、さらに100年ぐらいで「え」の区別もなくなり47音すなはち「いろは」になり、平安中期ごろには「い」と「ゐ」、「え」と「ゑ」、「お」と「を」も発音上の区別は無くなつたやうである。現代では発音上は44文字を区別してゐる。

【古典研究への効果】

上記のやうな事実を知ることが古典研究においてどのやうな効果をもたらすか。

・本文の確定
古典の本文は色々に分かれてゐる。これは現代に残つてゐるのが全て写本だからである。(基本的に平安時代ぐらいの書物で原本が残ってゐるものは無い。)例えば万葉集の古い時代の写本に「夜曾降家類」(ヨゾクダチケル)とある。ところが、「夜」の字に「与」を当てているものが見られる。しかし「夜」と「与」は違う群の字で、つまり当時においては発音も異なる別の語であり、夜の意味の語に「与」を当てたのは間違いであるといふことが分かる。

・解釈
万葉集で「朝爾食爾」(アサキケニ)といふ語と「日爾異爾」(ヒニケニ)という語がある。良く似てゐるので「あさきけに」の「けに」と「ひにけに」の「けに」を同じ用法で解釈してゐるものもあるが、「食」と「異」は異なる群の字で、つまり当時においては発音も異なる別の語であり、両者の「けに」を同じ用法と解釈するのは誤りであることがわかる。

・著作年代の確定
例へば「歌経標式」といふ本が発見され、序に奈良朝末に書かれたとある。内容からするともつと後に書かれたものではないかとも疑はれたが、仮名遣ひを調べてみると、先に述べたやうな13字においてほぼ厳格に区別が認められるので、これは奈良時代に書かれたものと見ていいと考へられる。

・他にも訓の確定や語源を調べるのにも影響する。やや専門的なので内容は省略。

伏見稲荷

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8月末に中研で京都へ行った際、伏見稲荷に行ってきました。いつもは金曜日の仕事が終わってから行き、土日講義を受けて終わったらすぐに帰るのでとても観光などしている暇は無いのですが、このときはちょうど大阪で級友が花展に出瓶しているということもあって、金曜日に休みをとったのです。

ここの千本鳥居を、写真などでは見たことがあったのですが、是非見たいと思い足を運びました。期待通り、美しい朱色が出迎えてくれました。その中を歩いている時はぞくぞくしてとても気持ちがよかったです。境内はとても広く、一回りするのに一時間ほど歩きました。汗だくになりましたが、森の中なので空気はひんやりとしていて心地よく感じました。そのときの写真がでてきたので、ふと書いて見る気になったのです。

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