正岡子規『酒』より

私の気に入っている文章を紹介したいと思います。正岡子規の『酒』という随筆です。こういう軽妙な文章が書けるようになりたいものです。

 一つ橋外の学校の寄宿舎に居る時に、明日は三角術の試験だというので、ノートを広げてサイン、アルファ、タン、スィータースィーターと読んで居るけど少しも分からぬ。困って居ると友達が酒飲みに行かんかというから、直に一処に飛び出した。いつも行く神保町の洋酒屋へ往って、ラッキョを肴で正宗を飲んだ。自分は後勺飲むのがきまりであるが、この日は一合傾けた。この勢いで帰って三角を勉強しようという意気込みであった。ところが学校の門を這入る頃から、足が土地につかぬようになって、自分の室に帰って来た時は最早酔がまわって苦しくてたまらぬ。試験の用意などは思いもつかぬので、その晩はそれきり寐てしまった。すると翌日の試験には満点百のものをようよう十四点だけもらった。十四点は余り例のないことだ。酒も悪いが先生もひどいや。

『酒』正岡子規