井上太市と申します。池坊いけばなを学んでいます。いけばなのことが中心ですが、思いつくままにあれこれと綴ります。池坊いけばなの魅力の一端がお伝えできれば幸いです。

マーロウさん

レイモンド・チャンドラーさんの書く小説の主人公、ハードボイルド探偵のフィリップ・マーロウさんの台詞です。

If I wasn’t hard, I wouldn’t be alive. If I couldn’t ever be gentle, I wouldn’t deserve to be alive.

「タフじゃなくては生きていけない。やさしくなくては、生きている資格はない」

『プレイバック』レイモンド・チャンドラー

うーん、しぶい。

丸谷才一『御礼言上書を書き直す』より

丸谷才一さんが文化勲章を受賞された際、御礼言上の役を勤めたそうです。そのことを書いた文章の一部を紹介します。

僕はこの人の文章が兎に角好きで、とっても上手いなあといつも関心しています。ここに出てくるお礼言上書もわずか数行の文ですが、彼が書き直すととたんに生き生きと精彩を放ちます。名人芸ですね。僕もこんな風に文章が書ければなあなんていつも思います。

このあと、お礼言上の役も勤めた。これは前からひつかかつてゐたもので、その際
「そちらで用意される文面があるのでせうが、その通り申しあげなければいけないのですか?」
と訊ねた。一字一句そのままと言はれたら、それを理由に断るつもりでゐたのだが、違えてもいいといふことだつたので引受けた。向うの用意した文面はかうである。奉書に達筆で、もちろん墨で書いてあり、きちんと折つた紙に包み、「御礼言上書」と上書きしてある。

このたびは文化勲章を拝受いたしまして私共の栄誉これに過ぐるものはございません
私共はこの栄誉を体しそれぞれの分野において一層精進を重ねる決意でございます
ここに一同を代表し謹んで御礼申し上げます

そしてわたしのしたためた原稿はかうである。いつも使ふ二百字詰の原稿用紙に万年筆で書き、スマソンの白の封筒に入れた。上書きはなし。

このたびは文化勲章をいただきまして、まことに光栄なことでございます。
わたくしたちはこの光栄を喜び、それぞれの仕事にこれまでどほり励んでゆきたいと存じます。
一同を代表して謹んで御礼申し上げます。

『御礼言上書を書き直す』文藝春秋 2012.1

『またたび浴びたタマ』より

村上春樹さんの回文尽くしの本『またたび浴びたタマ』より気にいった物を3つほどご紹介しましょう。

うらわでまいたはははとはははたいまでわらう

浦和で蒔いた、ははは、と母は大麻で笑う

大麻を吸うとやたら笑い上戸になる人がいますが、おたくのお母さんもそうだったんだ。しかし浦和だろうが、高崎だろうが、大麻なんて蒔いちゃいけないですよね。見つかったら大麻取締法違反で即、埼玉県警に逮捕されます。見つからなければいい……という問題じゃないですよ、それは。いずれにせよ、かなりやばいお母さんですね。
いや、母親はまだましだよ、おやじは覚醒剤、兄貴はアル中で、俺はアンディー・ウィリアムズのファンだものな。
そうなんですか。うーん、弱りましたね。まあ、がんばって生き延びてください。

『またたび浴びたタマ』

ページをめくると漢字かな混じりで句読点も打ってある回文と、それに添えられた短い文章が載っている仕掛けの本なのです。ひらがなだけでは何のことかさっぱりわかりませんでした。とぼけた雰囲気が素敵ですね。

ええがたがええ

A型がええ

娘「ねえお父さん、わたしこんど結婚しようと思うんだけどさ、二人候補がいて、どっちがいいかすごい迷ってるんだ。石井君はさ、血液型がB型で、ハンサムで背が高くて、話も面白いんだけど、ちょっと調子いいやつなんだよね。車のセールスマンやってて、けっこー収入もあるんだけど、それ以上に金遣いが荒くて、もろローン漬けだしさ。それにくらべて土橋君は信用金庫に勤めてて、まじめでいいやつなんだけどさ、脚が超短くて、血液型はA型で、顔もじみいっで、無口で、酒煙草ぜんぜんやらない。早寝早起き。おまけに包茎なんだよ。ねえ、結婚するとしたらどっちがいいと思う、ねえ、お父さん?」
「……A型がええ」
当然ですね。ちなみに僕もA型です。

『またたび浴びたタマ』

これはビシッと決まりました。親父が一言「……A型がええ」、渋い味わいがありますね。ちなみに僕はAB型です。

よめのふぎにりかいがいかりにぎふのめよ

よだのるすにするのだよ

嫁の不義に、理解が怒りに、義父の目よ

ヨーダの留守にするのだよ

二連発です。かなり長い話なんですが、このお嫁さんの義父は実はヨーダなんです。けっこう遊び人の嫁なので、送り出す実家のお母さんも心配して、「お前ね、浮気をするのはいいけど、お義父さんのヨーダさんが近辺にいるときは、やっちゃだめだよ。なにせ勘のいい人だからね」とか、入れ知恵するわけです(ひどい実家だ)。それで嫁は、母親の忠告をまもって、ヨーダがほかの銀河系に出張しているときにだけ浮気をしていました。しかしあるとき、ちょっとまちがえてヨーダがまだその辺にいるときにやっちゃったんだ。ヨーダは怒りましたよ。「これまでは良い嫁だと思って私なりにかばってきたが、もう頭にきたぞ!」とかんかんです。目だってぎらぎらしている。
これが『スター・ウォーズ エピソード6』のあらすじです……というのは真っ赤な嘘です。当たり前だけど。

『またたび浴びたタマ』

これは大長編スペクタクル回文です。よくこんなの思いつきますね。すごいな。

村上春樹さん「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」谷崎潤一郎賞贈呈式での選考者祝辞

丸谷才一さんの『挨拶はたいへんだ』という著者がいろいろなところでした挨拶を一冊にまとめたものの中から、村上春樹さん「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」谷崎潤一郎賞贈呈式での選考者祝辞をご紹介します。話としても実にうまくまっていて楽しいのはもちろんのこと、谷崎潤一郎、丸谷才一、村上春樹、僕がこの3者の作品になぜか惹かれるその理由がすっきりとわかり、嬉しくなりました。

村上春樹さんの「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」はエレベーターの話からはじまります。そのエレベーターは普通のものと何から何まで違つてゐて、まづ、非常に広い。オフィスとしても使へるくらゐで、ラクダを三頭と椰子の木を一本、入れることだつてできさうである。第二に新品の棺桶のやうに清潔である。第三におそろしく静かで何の音もしない。階数を示すボタンも、ドアの開閉のためのボタンも、非常停止装置も、定員や注意事項を書いた表示もありません。

で、それに乗つてゐる主人公はつぶやくのです。「どう考えてもこんなエレベーターが消防署の許可を得られるわけはない。エレベーターにはエレベーターの決まりというものがあるはずなのだ」と 。

これと同じやうに、読者たちは、村上さんの新作を読んで、「小説には小説のきまりといふものがあるはずなのに」とつぶやくかもしれません。たしかにこの長篇小説は現代日本小説の約束事にそむいてゐます。

第一に、主人公は作者自身である……らしいといふ錯覚を与へない。村上さんが地下の国であんあ大旅行をしたはずはないし、彼がいくつかの職業についたと言つても、計算士なんて変な商売で暮らしを立ててゐたはずはない。まして彼の頭脳に人工の超知能が植ゑこまれてゐるなんて、とても思へません。第二にこのことでもわかるやうに、これはSF仕立てであつて、明治末年以後、約八十年にわたつてつづいて来た、小説は生の現実に密着しなければならないといふ風習に逆らつてゐます。そして第三に、汚したり、読者に不快感を与へたりすることが文学的勘どころになるといふ、これも約八十年つづいた趣味を捨ててゐます。それから、作者あるいは作中人物の誠実さによつて感動させようといふ態度もありませんね。これはもともと非常にしやれたつくりの法螺話ないし大がかりな冗談なのですから、当然のことであります。

さういふ訣別と反逆を、村上さんは実に淡々とおこなつてゐるのですが、その結果、出来あがつたものは、極めて優雅な憂愁に富む一世界で、すくなくともわたしには、かなりの程度、納得がゆきました。そしてこの長篇小説は、選考委員の一人である大江健三郎さんの言葉を借りると、「パステル・カラーで描いた二枚のセルロイドの絵をかさねる」やうな、甘美な様式のものなのに、仔細に調べると充分な苦さが重りのやうについてゐて、それが作品を安定させ、作品と文明を結び付けてゐます。わたしは村上さんの力量に敬意を表さないわけにゆきませんでした。

言ふまでもなく、われわれの文学風土においてこのやうな長篇小説を書くことは、大変な冒険であります。そして、この文学賞が記念する作家である谷崎潤一郎には、極めて喜劇的な角度から男女の仲を考察する『痴人の愛』、前衛的な暗黒小説ともいふべき『卍』などにあらはに示されてゐる、果敢な冒険家としての側面がたしかにありました。考へてみれば、谷崎潤一郎もまた、エレベーターらしくないエレベーターをたくさん作つたエレベーター職人であつたかもしれません。その意味でも、今年もまたいかにも谷崎賞にふさはしい受賞者を得たと喜んでゐます。

『挨拶はたいへんだ』

『輝く日の宮』から

丸谷才一さんの『輝く日の宮』というお話の中から愉快な場面を紹介します。とっても面白いのでぜひ読んでみてください。

ほら、ゐるぢやないですか、代議士で政策論となるとからつきし口が出せないのに、議事手続きとなると張り切つてペラペラまくし立てる奴

『輝く日の宮』

あの蝉はニイニイ蝉かミンミン蝉かという論争があるさうですが、―

『輝く日の宮』

彼の専門は浄瑠璃と歌舞伎。近松についての本が一冊、丸本歌舞伎についての本が一冊ある。ちよつといい男だが、極端に禿げあがつてゐて、わづかに残る髪を簾状に用ゐてごまかしてゐる(つもりである)。松竹に紹介してもらひ、鬘を作ればいいのにといふのは、学会ではもう陳腐な冗談。

『輝く日の宮』

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