古典立花 水仙、金盞花、著莪

水仙一色(立花之次第九拾三瓶有25図)

古典立花 水仙、金盞花、著莪

古典立花
水仙、金盞花、著莪

昨日立てた『立花之次第九拾三瓶有』26図の一つ前に載っている25図を参考に立てました。同じ作者でも随分と様子が違います。まずこちらの方が大きいです。26図は花丈が花瓶の3倍程度ですが、こちらは4倍ほどあります。葉の数はより少なく、長短を大きくつけて1枚1枚がゆったりと伸びやかに働いています。よく言うと非常に大らかで伸びやかな花ですが、今の水仙一色に慣れた目で見ると間延びした感じも受けます。これを洗練される前の発展途上の花ととるのか、それとも二代専好宗匠には今の我々とは全く違う世界が見えていたととるのか、なんとも解釈の難しい花です。

もう少し26図との比較も含めて考察を続けてみましょう。幸いに両絵図には立てた日付と場所が記されています。日付は両図とも同じ寛永6年閏2月6日(1629年3月30日)とあり、25図は禁中紫宸殿、26図は関白殿と記されているので、記載が正しいとすれば同じ日に違う場所で立てたものということになります。

紫宸殿とは内裏のもっとも重要な建物です。立花を愛好したという時の天皇、後水尾天皇にご覧に入れるために立てたのではないかと考えられますね。対して26図が立てられた関白殿というのは、調べてみたのですがよくわかりませんでした。内裏の中にそういう名前の建物があるのか、はたまた全く別の場所にある建物なのかわかりません。

しかし、二つの場所を比較すると、どちらが重要かは一目瞭然ですね。作者の二代専好宗匠の気持ちを考えると、紫宸殿に立てた25図の作品の方がより意気込んで立てたでしょうし、自信作でもあったのではないかと推察されます。そうすると、25図の方が大きいのは納得がいきますね。ただし、大きさはともかくどちらの作品が美しいかを比べると、僕の目から見ると26図の方が美しく感じてしまいます。

そう考えると、冒頭で述べたように二代専好宗匠には僕とは全く違う世界が見えておりの独特の感覚があったのではないかと思うのです。絵図では捉えきれないぎりぎりの間で勝負していたのかもしれませんね。いつかこの作品がピンと来るようになると良いなと思います。